5月は、京都の三大祭のひとつ、葵祭があります。

葵祭のはじまり
古墳時代後期の欽明天皇(540 ~571年)の代に、風水害で凶作に見舞われ、飢餓疫病が流行しました。
占わせると、賀茂神の祟りだとわかり、4月の吉日に葵を飾り馬につけて、走らせ、五穀豊穣を祈ったのがはじまりとされています。
嵯峨天皇の時代(819年)には、最も重要な祭とされ、斎院(斎王)制度が創設されました。
ちなみに、斎王は伊勢神宮や上賀茂神社に奉仕する皇女や王女をいいます。
しかし、応仁の乱などの戦乱による中絶、江戸時代の再興、第二次世界大戦による中止を経て、戦後昭和28年から行列の巡行が再開されます。
昭和31年には、斎王の女人列が斎王代(斎王の代理)という形で復活しました。
斎王代の行列だけじゃない葵祭
葵祭は、5月15日の斎王代を中心とした行列が一番有名ですが、5月初めから、さまざまな行事が行われます。
5月1日には、上賀茂神社で競馬会足汰式(くらべうまえあしそろえしき)。

これは、5月5日の競馬会神事の前に、出走する馬の走力をみながら、2頭ずつの組み合わせを決めるために行われます。
ちなみに、神社の方から聞いた話によると、この馬に乗る騎手は、賀茂氏の末裔の方々だそうです。
賀茂氏は平安京ができる前からこの地を地盤としていた人たちなので、その血統が続いているのが凄いと感心したことを今でも覚えています。
5月3日は、下鴨神社で流鏑馬神事。

糺の森で、100m間隔に設けた3か所ある杉板の的に向けて、公家装束で馬上から矢を放ち、祭を祓い清めます。
どちらも優雅な雰囲気とは異なる、勇壮な祭事です。
また、5月4日には、斎王代 女人御禊神事が、下鴨神社で行われます。

これは、斎王代が十二単を着て、御手洗池(みたらしいけ)で手を浸して、身を清めます。
ちなみに、この御手洗池は、みたらし団子の発祥とされています。この池から出る泡を、みたらし団子で表したそうです。
5月の初めは、毎日のように上賀茂神社・下鴨神社にて神事が行われます。
令和元年のはじまりを、王朝文化を感じる葵祭で感じるのはいかがでしょうか。
詳しくは京都観光Navi「葵祭」